《切望の底になくして 前編》
刑は執行される。その首を切り落とし、その四肢を切り落とし、その亡骸を海原に投げ捨てる。
『お・・・母さん・・・お母さんが・・・お母さんが・・・』
その者は自分の無力を嘆き、自分の弱さを嘆き、自分の愚かさを恨んだ。どれだけの時間が流れようとも決して消えることの無い光景をこの目にする。それは誰だか?居間もなおこの耳に残る悲鳴を上げた母親の声
それは誰か?体がいくら刻まれようとも決して膝をつくことをせず、愛する者を守った父親の声
『人を恨むな!弱気自分を恨め・・・お前が弱かったから全てを失ったんだ・・・全部・・・お前が弱いかったせいだ』
その声は自分の声だった。朝が来れば夜が来る。決して眠ることを許さぬ自分の声は心を切り刻み、目の前にいる自分の家族を守る事さへできなくなるほどに恨みが増していった。
『お前は恨むべき相手を間違っている。お前が恨むべきは・・・人間だ!人間を殺せ!全てを奪え!奪われる側から奪う側に周れ・・・簡単だこのナイフを拾え』
夕闇に轟く残響は後悔の言葉を並べ何度も謝罪の言葉を述べていた。何度も何度も・・・何度も!怒りを具現化したかのようなその赤き眼光に後悔の念はない。腹を切り裂きぼとりと零れ落ちる内臓の音に指を切り落とした時の骨の折れる鈍い音も全てが快楽に変わり、涙を流しながら笑みを浮かべていた。
『これが・・・奪う側の現実だ!恨むべきものを情に流されず命を喰らう・・・これほどの喜びがどこにあろうか?これが快楽者の本能だ!』
何故だ?体は高揚し、内から湧き出る喜びを隠せずに笑っていた。なのに何故・・・その目から氷の様に冷たい涙が零れ下りるのか?
『いい?この世界にはたくさんの心を持った者がいるの。その人達がいてその人達には愛する者がいるの』
『私とお母さんみたいに?』
『そうよ。私と貴女みたいに心から誰かを愛して守りたい者もいるの。それをね_____』
母親の笑みは消え血が流れ、愛する母の声は耳に酷く響く雑音が混じり何も聞こえなかった。そして全てを消し去るかのように雨が降りしきり全てを流していった。ある存在だけを残して
『これでお前は____』
『藍!』
懐かしい声が全てを照らす日差しの様に闇に染まった心を照らし出し意識が同時に覚醒する。きっとここは夢の中だと思うほどに温もりあふれた自分の願いを最後の願いを灯しだすように
『ここは・・・・どこですか?』
『なに言ってるのよ?ここは私たちのお家でしょ』
試合はボヤケ何故か自分の事を膝枕してる人物に抱き着いた。自身の想いを心の声をその人物に届けたかった。自分の不器用さを恨んだけれでも優しく頭を撫でられ、子供の様に声を出して泣いた。これが嘘でなければいいと・・・これが夢でなければいいと・・・思い出が溶けないように必死に抱き着いた。
『そんなに泣かなくれもいいのよ。私はずっと貴女の傍にいるって約束したでしょ・・・特別な事なんて何もない・・・家族なんだからさ』
『はい・・・紫さ・・・ん?紫様?』
『ん?そうだけど?』
その瞬間、見えていた幻は消え去り現実に引き戻された。普段の自分なら決して恥ずかしく、そして従者という関係上恐れ多く出来なかった事を寝ぼけている間に起していた。様々な羞恥心にさらされ跳ね起き、主人に顔を見られないように近くの柱の陰に隠れた。己の9の尾が柱から出て嬉しさの余りにその尾が揺れ動いている事に気が付いていない。そんな姿を見て主人は口を隠し思わず笑みを浮かべた
『藍、尻尾が隠れてないわよ?私に頭を撫でられたのがそんなに嬉しかったの?』
『え?ひゃっあ!こ、ここ、これはその・・・えっと・・・隠れている橙をおびき出す為に・・・というか・・・です!』
普段なら誰もよしつけぬ程、冷徹な表情を浮かべている。だが自分の弱みとも言い換えることのできる心の底の欲求を表に出しまともな言い訳を考える事が出来なかった。その時に出たのが愛する橙だった。
だがその橙は藍が眠っている時から尻尾に抱き着いていた為に藍は更に混乱しワサワサと誤魔化すように手を左右に動かし、顔を真っ赤にした状態で紫の前にそっと腰を下ろした。そして2人は顔を見合わせ無言の状態の空気が漂った。
『えっと・・・何かあったの?』
『恥ずかしいので他言無用でお願いします!紫さま!』
『別にいいけど、一つだけ聞いてもいい?』
『なんなりと!』
『どうして今も泣いてるの・・・』
『え・・・?』
これは確かに現実だ。夢じゃない・・・夢じゃないはずだった。この場所は確かに温もりを感じられる大切な場所であり、目の前にいる紫は大切な家族だ。尻尾に抱き着き眠っている橙も大切な家族・・・なのに何で涙が出るのか分からなかった。
『これは・・・あれ・・・違う・・・私は・・・』
世界に闇を落とすヒビが走り、闇が全身を覆い始めた。
『何言ってるのよ・・・貴女が殺したんじゃない・・・自分を責める理由なんて何処にもないでしょう?そうやってその身を血に染め上げなさい・・・藍・・・』
『違います・・・私はただ・・・ただ!・・・』
『言い訳をする暇があるなら・・・橙を殺したら?それが貴女が出来る唯一の償いじゃないの?』
『違う・・・ここは違う・・・私は!・・・いや・・・紫様・・・貴女は既に死んだ!』
心に刺さった毒針は抜けず
心に残った温もりは消え
心に有った記憶の欠片は塵となった
世界は崩壊の時を刻み、全ての光が空へと弾け、憎しみの業火を映し出した雨が降りしきる世界だけが残った。
幻想は現に変わり
現は塵となり
嘘は雫になり世界を満たす
『ははは・・・ははは!そうだ!・・・全部・・・全部!!私がこの手で全てを奪ったんだ・・・紫様を殺した・・・私は全てを失った・・・ははは!なんで・・・なんでだ!なんで全部私の前から・・・私を残して・・・誰か・・・』
『てめぇのせいだ!お前が自分で選んだ道だ・・・これから何をするか自分で言葉にしてみな・・・お前のその口で』
憎しみに染まった己の声は全てを否定した。
憎しみに染まった心に感情は要らない。
憎しみに染まった記憶などいらない。
藍は高笑いを浮かべ大粒の涙を流した。誰か私を
『もう1人の紫様を殺す事・・・紫様を私がこの手で全てを奪う!』
戦火は今、幻想郷全域に広がる。数多くの血と涙が流れるだろう。ある者は大切な者を奪われ、ある者は目の前で穢され奴隷になり、ある者は全てを奪われる。
『さぁ・・・始めよ___助けて!!』
声は大粒の雨にかき消されその悲痛に満ちた声は誰にも届かなかった。

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